ただの音読「こころ/夏目漱石」②先生のことをわすれた、まで
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見たことのある顔のように 思われてならな...
見たことのある顔のように
思われてならなかった。
しかし、どうしても
いつどこで会った日とか
思い出せずにしまった。
その時の私は
決断がないというより、
むしろ無類に苦しんでいた。
それで、来る日も来る日も
先生に会った時刻を見計らって、
わざわざ仮設浴場まで
出かけてみた。
すると西洋人は来ないで、
先生一人麦わら帽子をかぶって
やってきた。
先生はメガネをとって
台の上に置いて、
すぐ手拭いで頭を包んで、
すたすた浜を降りていった。
先生が昨日のように
騒がしい湯閣の中を通り抜けて、
一人で泳ぎ出した時、
私は急にその後を
追いかけたくなった。
私は浅い水を
頭の上まで跳ね上げて、
相当の深さのところまで来て、
そこから先生を目印に
抜き泳ぎを切った。
すると先生は昨日と違って、
一種の弧線を描いて、
妙な方向から岸の方へ
帰り始めた。
それで私の目的は
ついに達せられなかった。
私が上がって
雫の垂れる手を振りながら
仮設浴場に入ると、
先生はもうちゃんと着物を着て
入れ違いに外へ出て行った。
私は次の日も
同じ時刻に行って
先生の顔を見た。
その次の日にもまた
同じことを繰り返した。
けれども、物を言いかける機会も
挨拶をする場合も、
二人の間には起こらなかった。
そのうえ先生の態度は
むしろ非社交的であった。
一定の時刻に
超然としてきて、
また超然と帰って行った。
周囲がいくら賑やかでも、
それにはほとんど
注意を払う様子が見えなかった。
最初一緒に来た西洋人は
その後、まるで姿を見せなかった。
先生はいつでも一人であった。
ある時、先生が例の通り、
さっさと海から上がってきて、
いつもの場所に脱ぎ捨てた
浴衣を着ようとすると、
どうしたわけか、
その浴衣に砂がいっぱい
ついていた。
先生はそれを落とすために
後ろ向きになって、
浴衣を二三度振った。
すると着物の下に置いてあった
メガネが板の隙間から
下へ落ちた。
先生は白い浴衣の上へ
着物を着めてから、
メガネがなくなったのに気がついたと見えて、
急に底の方を探し始めた。
私はすぐ腰掛けの下へ
首と手を突っ込んで
メガネを拾い出した。
先生はありがとうと言って、
それを私の手から受け取った。
次の日、私は先生の後に続いて
海へ飛び込んだ。
そうして先生と一緒の方角に
泳いで行った。
二十間ほど沖へ出ると
先生は後ろを振り返って、
私に話しかけた。
広い青い海の表面に浮いているものは、
その近所に私ら二人より
他になかった。
そうして強い太陽の光が
目の届く限り水と山とを
照らしていた。
私は自由と歓喜に満ちた
身体を動かして
海の中で踊り狂った。
先生はまたパタリと
手足の運動をやめて
仰向けになったまま、
波の上に寝た。
私もその真似をした。
青空の色がギラギラと
目をくらますように、
七色の光を私の顔に
投げつけた。
いいですね、と私は
大きな声を出した。
しばらくして海の中へ
起き上がるように姿勢を改めた
先生は、もう帰りませんか、
と言って私を促した。
比較的強い体質を持った私は、
もっと海の中で遊んでいたかった。
しかし先生から誘われたとき、
私はすぐ、
えぇ、帰りましょう、
と心よく答えた。
そうして二人でまた、
元の道を浜辺へ引き返した。
私はこれから先生と
交友になった。
しかし先生がどこにいるかは
まだ知らなかった。
それから二、三日おいて
ちょうど三日目の午後だったと思う。
先生と仮設浴場で出会ったとき、
先生は突然私に向かって、
君はまだだいぶ長く
ここにいるつもりですか、
と聞いた。
考えのない私は、
こういう問いに答えるだけの用意を
頭の中に蓄えていなかった。
それでどうだか分かりません、
と答えた。
しかしニヤニヤ笑っている
先生の顔を見たとき、
私は急に決まりが悪くなった。
先生は?と聞き返さずには
いられなかった。
これが私の口から出た
「先生」という言葉の始まりである。
私はその晩、
先生の宿を訪ねた。
宿といっても普通の旅館と違って、
広い寺の境内にある
別荘のような建物であった。
そこに住んでいる人が
先生の家族でないことも分かった。
私が先生、先生と呼びかけるので、
先生はニヤリと笑った。
私はそれが年長者に対する
私の口癖だと言って弁解した。
私はこの間の西洋人のことを
聞いてみた。
先生は彼の風采のところや、
もう鎌倉にいないことや、
いろいろな話をした上で、
日本人にさえあまり付き合いを持たないのに、
そういう外国人と近づきになったのは
不思議だと言ったりした。
私は最後に先生に向かって、
どこかで先生を見たように思うけれども、
どうしても思い出せないと言った。
若い私はその時、
案ずる相手も私と同じような感じを
持っていないかと疑った。
そうして腹の中で
先生への返事を予期して待った。
ところが先生はしばらく黙ってから、
どうも君の顔には見覚えがありませんね。
人違いじゃないですかと言ったので、
私は変に一種の失望を感じた。
私は月の末に東京へ帰った。
先生の別荘を引き上げたのは
それからずっと前であった。
私は先生と別れるときに、
これから折り折りお宅へ
伺ってもよござんすかと聞いた。
先生は単簡に、
ただおいでなさいと言っただけであった。
その時の私は先生とよほど
親交になったつもりでいたので、
先生からもう少し細やかな言葉を
予期して待ったのである。
それでこの物足りない返事が
少し私の自信を損ねた。
私はこういうことで、
よく先生から失望させられた。
先生はそれに気がついているようでもあり、
また全く気がつかないようでもあった。
私はまた、軽微な失望を繰り返しながら、
それがために先生から離れていく気には
なれなかった。
むしろ、それとは反対で
不安に動かされるために、
もっと前へ進みたくなった。
もっと前へ進めば、
私の予期するあるものが、
いつか目の前に満足に現れてくるだろう
と思った。
私は若かった。
けれども、全ての人間に対して、
若さがこう素直に働こうとは思わなかった。
私は、なぜ先生に対してだけ、
こんな心持ちが起こるのか
わからなかった。
それが先生の亡くなった、
今ではになって、
初めてわかってきた。
先生は初めから私を嫌っていたのでは
なかったのである。
先生が私に示した時々の
素っ気ない挨拶や、
冷淡に見える動作は、
私を遠ざけようとする不快の表現では
なかったのである。
痛ましい先生は、
自分に近づこうとする人間に、
近づくほどの価値のないものだから、
寄せつけるなという警告を与えたのである。
人の親しみに応じない先生は、
人を軽蔑する前に、
まず自分を軽蔑していたものと見える。
私は、むろん先生を訪ねるつもりで
東京へ行ってきた。
帰ってから授業の始まるまでには、
まだ二週間の日があるので、
そのうちに一度行っておこうと思った。
しかし、帰って二、三日と経つうちに、
鎌倉にいた時の気分が
だんだん薄くなってきた。
そうして、その上に揺曳る
大都会の空気が、
記憶の復活に伴う強い刺激とともに、
濃く私の心を染めつけた。
私は往来で学生の顔を見るたびに、
新しい学年に対する希望と緊張などを、
感じた。
私はしばらく先生のことを忘れた。
AIによる文字起こしです
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